銀河鉄道の夜(プラネタリウムに照らされた「強さ」への再確認)

アレっ子ママの頭と心の中

「ああ、りんどうの花が咲いている。もうすっかり秋だねえ。」

カムパネルラが、窓の外を指さして云いました

(「銀河鉄道の夜」KAGAYAスタジオ)

 

(「銀河鉄道の夜」KAGAYAスタジオ)

誤解をおそれずに、書こうと思います。

これまで私は、息子のアレルギー症状を、たとえ主治医に見せるためであっても、画像や動画に残したくなかったんです。(でも、病院への報告もあるので、息子の詳細である、最小限のものだけは残していました。)

受け入れられなかったのだと思います。
逃げていたんですね。

 

何かの行事や、地域行事のときに限って息子にアレルギーがでちゃったり、地域の催しのときに限って、熱が出たり・・・。
そんなことが何回か続くと、「いつもタイミングよく、蕁麻疹がでるんだね。」なんて、言われちゃうこともありました。(悪気はないのでしょうがw)

打たれ弱い私は、そのたびに凹み、落ち、ひとりお風呂で泣くこともしばしば・・・
(子供にみられるわけにはいきませんから^^)。

 

『アレルギーは蕁麻疹が出て終わり』という症状が一般的となって一人歩きしていることもまだまだ多く、息子みたいな大きな騒ぎになるというのは、理解を求めるのはなかなか難しいのが本音です。でも、きいてほしい、分かってほしい、と一からの説明を繰り返していけば、きっと頷いてもらえると信じてきました。

そしてやはり、世の中、悪い人ばかりじゃなかったのです。
やっと最近、そう思えるようになりました。

そのためには、逃げてちゃダメで、私が疑ってちゃダメだったのです。

 

時間は、私にかまわずおかまいなしに進んでいます。

子供と過ごす、今の、この時間もいつか大きくなった子供たちが思い出す風景となるはず。今という風景を思い出したときに、いつも、笑っているママでいたいですからね。

時間のどこを切り取っても、金太郎アメみたいに変わらない、
いつも、いつも、いつも、笑っているママでいたいのです。

強くありたいんです。

 

もう次から次から、たくさんのきいろな底をもったりんどうの花のコップが、
湧 (わ) くように、雨のように、眼の前を通り、
三角標の列は、けむるように燃えるように、いよいよ光って立ったのです。

二人は、その白い岩の上を、一生けん命汽車におくれないように走りました。
そしてほんとうに、風のように走れたのです。
息も切れず膝もあつくなりませんでした。
こんなにしてかけるなら、もう世界中だってかけれると、ジョバンニは思いました。

宮沢賢治  『銀河鉄道の夜』より

 

息子にとって初めてのプラネタリウムが、この『銀河鉄道の夜』でした。

上映中、ちゃんと座っていられるかなぁ(不安)
静かにしていられるかなぁ(不安不安)

かなりヒヤヒヤしていたのですが、はじまった途端に息子は頭上を見上げて集中していました。

 

私は、プラネタリウムのストーリーに照らされた息子の横顔を見つめます。

広大な空を渡るこの汽車のように、私たちもわずかでも灯りをともしながら、今という時間を生き渡っているのだなぁ。

私はそんなことを思いながら、天球を見上げる息子の横顔をずっとみていました。

 

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