嫌なら思いきって突き放してみよう。投げ出しの美学

書く

週に数本ペースで8000文字〜1万文字の仕事を書き続け、その執筆が終了したとき、私は達成感と開放感に背伸びをしながら「少しゆっくりしよう」と自分を休めるようにしています。

また、書いている最中どうしても気持ちが続かないときは、思いきって途中で中断することもあります。ちょっと勇気のいることなんですけどね。

 

けれど、ある程度長文を書かない期間が続くと(とはいっても2〜3日程度)書きたい欲がわいてきます。書かなきゃ、と思うほどモチベーションの維持は大変だけれど、一定期間突き放し、まっさらな状態を作り出すと途端に書きたくなり、いざ書き始めるとダダダーっと書けてしまから不思議。

この不思議現象に、何度も私は助けられてきました。

 

そういえば、子育てもそうですね。

子どもがいつもまとわりついてきて「ああ!うるさいな!」と思っても、幼稚園のお泊り保育で1日いないだけで、いつもの騒がしさが恋しくなる。子供をギュウしたくなる。

 

これは私の経験なのですが、子どもが新生児のとき、私は寝不足と昼夜関係ない生活とで頭痛がひどく、母が「子どもを預かっているからゆっくりしなさい」と言ってくれました。

ですが、子どもを預けてゆっくりできたのは、たぶん半日くらい。

「今、どうしてるかな。ちゃんとミルク飲んでくれたかな。」と、気になって熟睡できないでいました。(母性にあふれていたのですね、あの頃は。笑)

せめて、頭痛が治まるまでは実家にお願いしようと思っていたので(そうでないと、また日常に支障がでてしまうから)、横になって頭痛が治まるのをひたすら待っていました。

次の日、1日ぶりに娘と対面したときのなんともいえないキュンとした気持ち、今でも覚えています。(さらに母性が倍増)

 

 

つらい、キツイ、苦しい、逃げたい、誰か助けて。

そう思っていても、本当に自分が大切に思っていることや好きなことならば、離れた途端にすぐに手を伸ばしたくなる。この現象は、「本当に自分にとって大切なことかどうか」を見分ける手段にもなります。

どんなに好きなことでも「嫌」はつきもの。
けれど、離れてみたらすぐにその大切さに気づきます。

 

きっと、みなさんも身近にあると思います。
嫌だけど、めんどうだけど、辛いけど、でも、なんだやっぱり「好きなもの・大切なもの」

 

自分の気持ちをいつも風通し良くしておくための「突き放し」は、大切なものだと確信するためのリトマス紙のようなものなのかもしれませんね。

 

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