全てを知らなくても良い。見えないことの無鉄砲さを強みに

しなやかに生きる力

全てを知ることができるというのは不幸である。
ああしなければ良かったのに、と一生くよくよ悩まねばならない。わが身に起こる偶然など知らぬ方がいい。ひどい偶然もいい偶然も、起こってしまった以上、引き受けるしかない。

(木皿泉)

 

これは木皿泉さんの『お布団はタイムマシーン』の一節です。

私たちは「あぁこれが事前に問題がわかっていたら・・・。」、「前もって事態を想像できていたらこんなことにはならなかったのに。」というように、転んでからなんとかできたかもしれない過去を悔やみます。

また、「こんなことがありそうだからやめておこう。」、「失敗が怖いから避けていこう。」など、行動する前にブレーキをかけて自分に都合の良い理由をつけて安泰へ向こうとします。

もちろん苦しいことはしたくないし、辛いことを避けて生きていきたいと思うことは当然のことです。

 

ただ、見えすぎちゃう未来ってつまらなくないですか?

ドキドキしながら進んだ先の成功の快感は、登頂したときみたいに(登山は完全な未経験者な私が言うのもアレですが、笑)爽快な景色があると思うのです。

 

私はこの春から、仕事の受注を少し変えていきます。

これまでは依頼があれば、たいていのことは受注させていただいていたけれど、「せっかくフリーランスなのに」とか「せっかく家事と仕事のバランスをコントロールできる環境にあるのに(それがしたくてフリーになったのに)」という、いつの間にか「無我夢中」に埋もれていた本来の考えが再浮上してきたこともあり、より私であるための仕事(私の“得意”を活かした仕事)へとシフトしていけるようになりたいと思いました。

詳細はここでは割愛しますが、まずは“一歩”なのです。(そんなカンタンじゃないことも、青臭いことを言っているのも重々承知です)。
その一歩が遠く、重く、勇気の踏み出しでもあります。

 

予測のできない未来を生きる。
すべての偶然を受け入れて。

あらすじのない物語の中を、耳の奥でノーテンキな私の声がナレーションしています。

「とりあえず、行ってみよっ」

 

 

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