武器は自作で!愛読書の言葉を磨いて研いで剣にしよう、盾にしよう

コンタミネーション

食卓は、ひとが一期一会を共にする場。そういうおもいが、いつもずっと胸にある。食卓につくことは、じぶんの人生の席につくこと。ひとがじぶんの日々にもつ人生のテーブルが、食卓だ。かんがえてみれば、人生はつまるところ、誰と食卓を共にするかということではないだろうか。

 

ご存じの通り、息子は重度の食物アレルギーです。
どんなに質素な夕飯であっても、息子は外食やテイクアウトより家で炊いたご飯を何よりも好みます。
(たとえ、おにぎり一択だとしても)

スーパーで買うお惣菜もコンタミの可能性があり(コンタミネーション=材料にアレルゲンがなくても、お惣菜を作る過程で混入するおそれがあるということ。例えば、同室内で多数のメニュー料理を作ることなど)、なによりのご馳走は、安心して食べられることにあるのです。

息子がアレルギーと診断されたとき、それもかなり敏感なものだと判明したとき、私は冒頭の言葉(『食卓一期一会』長田弘)に何度助けられたことだろう・・・。

食物アレっ子ママ初期は、献立でなく「楽しく食べる背景」を重視する

どうもがいても、食べられないものは食べられない。
もしも、食べられるようになるとしても、それは今すぐではなく時間が必要。

私にできることは、食べることをエンターテイメント化することでした。

エンターテイメントなんていうとちょっと大げさかもしれないけれど、息子が食べることに恐れを抱かないように(そして、私のアレルギー食のレパートリーがまだ貧弱だったため、それを隠すかのように、笑)、食事をイベント化していたのでした。

 

一番多かったのは、家の中で遠足ごっこ。

これは、ポケモンのピクニックシートを家の中に敷いて(ある日は和室、ある日は二階の寝室、天気のいい日はベランダなど)、夕飯を食べます。
夕飯のメニューは特にお弁当ではなく普通です。
お盆に乗せて、食べる場所を移動するだけ。

そう、遊牧民のように。

たったこれだけのことですが、子供は変化が好きなので喜んでいるようでしたよ。

(こうして子供たちが喜んでいるすきに、アレルギーの食事についてを夜に猛リサーチしていました。飽きられる前にメニューを増やしていかないとっ。)

料理に大切なのは、いま、ここという時間だ。

料理に息づいている歴史とは、すなわち日々に新鮮な現在だ。食卓を共にするというのは、そうした新鮮な現在を、日々に共にすることだとおもう。

それでも増えない献立のレパートリーと時間稼ぎ

食物アレルギーについて調べれば調べるほど、手ごわかったのはコンタミの存在です。

直接メーカーや工場へ連絡をして、食材を作る環境を確認していたので時間もかかりました。
また、使われている材料も予告なく変わるので(カレーなんて、ピーナッツの記載があったりなかったり)、購入するときも気を抜くわけにはいきませんでした。

いよいよ子供たちも遠足ごっこに慣れが出て新鮮さがなくなってきた頃、今度は食器をユニークなものに変えたり、意味なく万国旗を立ててみたり(苦笑)、「まさかこれはウルトラマンじゃないよね・・・」と言われ続けた私の自信満々のウルトラマンのキャラご飯にしてみたり(ぶきっちょ極まりなし、涙)。

そうやって、時間をかせぎつつ食物アレルギーの勉強をしていったのでした。

時間という料理人(シェフ)を、きみはよく親しい友人となしうるか。

なんでも味方にしたもん勝ち!愛読書から言葉を研磨してみよう

あの頃の私は、悩みを誰にも相談せず、自己流で消化していたように思います。

誰にも言えなかったからこそ、無垢な言葉に頼り、それらを自分の都合のよい解釈で心の杖を作り上げ、足元をコツコツと確認していく毎日でした。

本の中の短い言葉と、そこへ重なる自分の試行錯誤が、ちいさな単語さえをも強靭にしていきます。

あなたの愛読書はなんですか?
穏やかに読んでいるその本も何かの壁に当たった時に読み返すと、いつもは気に留めなかった言葉や単語が浮き出てきます。

その言葉を手帳やノートに書き出してみてください。
それは、もしかしたらあなたを守る盾になるかもしれません。

(トップ画像は『グスコーブドリの伝記(宮沢賢治著)』より)

 

 

 

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