最大の思いをこめて書かれた、デコボコなひらがなの願い

思うこと・考える事

キャサリンポンダーの言葉。

豊かさとは、お金、富、経済的安定だけではない。
豊かさとは生き方であり、
生きる力の焦点をどこに当てるのかである。

自分の自由になることと、
できないものとのバランスである。

自分と他人を愛することであり、
今ある幸せを数え、
今の自分を楽しむことである。

(キャサリン・ポンダー)

これはアメリカのパフォーマンスコーチのリーミルティアさんが、ある記事の中で紹介していたものです。

 

絵馬に載せられた願いの粒

お盆にお寺へ行ってきました。
(私は流産と死産を経験しており、手を繋ぐことができなかった子どもたちの供養を、以前このお寺でしてもらったことがあります。)

観光地でもあるそこは、まあまあ大きめのお寺で、願いが目一杯つまった絵馬がたくさん吊るしてありました。

「第一志望へ合格しますように」
「二人で末永くしあわせに暮らせますように」
「結婚をOKしてもらえますように」
「元気な子供を授かれますように」

いろいろな種類のお願いごとが書かれた、たくさんの絵馬。

 

そんな絵馬のスキマから、あるひとつの絵馬が目につきました。

形や大きさの整わないデコボコした文字で、
「お母さんのびょうきが早くなおりますように。みんなでりょこうにいけますように。」
と書かれてありました。

涙が出そう・・・。

どんな事情があるかわかならいけれど、
その文字の裏側にある子供の気持ちが、
ジンジン伝わってきたのです。

ー お母さん、早く元気になるといいね。

 

願う人、願われる人

こちら側で願う人がいて、
向こう側で願われる人がいて、
絵馬に手書きで文字を書く行為にさえ、軽く魔法がかけられるんじゃないか。

そんなことを思いました。

 

たとえ自分だけへ向けた願いでも、
たとえ邪悪で自分勝手な願い事だったとしても、
その願いの先っぽには、
無色透明で何にも染まらない純真な思いがあると思います。
誰の願いにも。

何かを思いながら書いている向こうには、必ず人や自然や物があるから。

 

そんなことを思いながら、
自分でもビックリするくらい胸をいっぱいにしてお寺を後にしたのでした。

 

豊さの基準

いつもたくさんの人に囲まれても、幸せを感じない人もいます。
1000万円の車に乗って、高層タワーマンションに住む人でも心が満たされない人もいます。
たった一口のホットケーキに感動できる人もいます。
睡眠をたくさんとれた時に満足でいっぱいになる人もいます。

 

豊かさって何だろう?

お金で叶えられる幸せもあるけれど、それは一過性でしか過ぎない。
所詮、お金は道具でしかないから。

こんなことを考えていると、豊かさって実はたくさんあるような気がします。
小さな目線や言葉、向けられた思い、そんな細かい豊かさが身近にいっぱい。

 

キャサリン・ポンダーのいう、

『豊かさとは生き方であり、
生きる力の焦点をどこに当てるのかである。』

 

ほんの少し勇気を出して本当に必要としているもの以外を手放せた時、私にとっての豊かさのカタチが見えてくるかもしれません。

 

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