『職業としての小説家』+『前世への冒険』=

思うこと・考える事

人生に遠回りしている時間はない。
心から望むものに向かって真っ直ぐに来い。

(『前世への冒険』森下典子:著)

 

『前世への冒険』を読み返しています。
(もう何回目だろう。けっこうな数・・・笑)

 

 

まずこの本についてカンタンに。

著者の森下典子さんが、占い師に前世はイタリアの天才彫刻家デジデリオだったと告げられ、実際にイタリアへ飛び、本当かどうか確かめるというエッセイです。(かなりザックリですが)

著者の行動力がドライブ感溢れていて、一気に最後まで読めちゃいます。知りたい、求めたいという感情の強さって、人をこんなにまで動かす力があるのかと思わされます。読むたびに勇気をもらえる大好きな本です。

 

それともう一冊、同時に読み進めている本があります。

村上春樹氏の『職業としての小説家』です。
(これも数回は読んでいます。私の書き欲を刺激する、リピ本の殿堂入りです。)

 

 

私は3〜5冊を同時に読むことが多く、例えばリピ本でもそのとき同時に読んでいる本の組み合わせによって、感想は大きく変わったりしてその変化を楽しんでいます。

目玉焼きも、塩で食べるのと、ソースで食べるとの、醤油で食べるのとでは味がずいぶん変わりますよね。そんな感じです。

今回は、上記の2冊を同時に読むことで生まれた読後に感じたことを記事にしてみようと思います。

 

* * *

 

のちの未来に、私の生涯を調べている人の存在が浮かんできました。

『前世への冒険』で自分の前世だったというデジデリオを追う著者のように、500年後に私の人生を調べている誰かが、私の生い立ちを追っている。調査しているうちに、大量のノートと小さなメモの山を見つけ、手にする。
そして私の生きた時代背景と、ノートに置かれた言葉を見比べている・・・。

そんなことを想像すると、表には出さない私だけが秘めている価値を持つのもいいな、と思います。

誰にも言えない私の奥、真意。
誰にも知られたくないけれど、いつか気づいて欲しいこと(矛盾しますが)。

どんなに小さくても、くだらなくても、秘められているものを重く感じることができます。

 

500年後に私の生きた証を指でなぞる人の存在を思うと、今の私の生き方をかっこよくしたいと思うのです。(そんな人がいるかいないかは別として)
中身の詰まった物語にしたいと思うのです。

 

500年先の未来から、いま私が立つ点をみてみる・・・。

するとどうだろう。

「無気力だ・・・」なんて言ってられない。
「やる気なし」なんて言い訳している場合じゃない、と背筋が伸びる思いです。
恥ずかしさも、間違えも、人生を彩る良きスパイスとなるのだと。

ドーンとすべてを受け入れて、カッコいい人生を生きようよ。

もしかしたら、生まれ変わった自分が今の私の謎を探求するのかも。

 

(『職業としての小説家』と『前世への冒険』が交わって生まれた視点の備忘録として)

 

【追記】今回、思いつくまま何のフィルターも通さずに書いたので、読みにくい部分もあると思います。意味不明だったらごめんなさい!

 

 

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